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茨城県の霞ケ浦と筑波出のほば中間に位置する千代田町に農事組合法人マルツポの加工センターがある。
そこには直営場をはじめ、県内各地の農場で生産されたさつまいも、ごぼう、れんこんなどが集まってくる。

  いつしか田畑は”お荷物″に
  企業参入もやむなしか

 農民の高齢化と後継者不足が相まって「日本農業の危機」が叫ばれて久しい。農業県の茨城も例外ではない。
  「県内でも耕作放棄地が増えていて特に畑が問題です。うちも直営の農場が20haありますがこれは借地。今でも『畑を使ってもらえないかという相談があるほどで、畑地を集めることが簡単な時代になりました。かつて田畑は財産でしたが、いまや財産価値はほとんどゼロ。担保価値もなく、持っていると負担になるだけになってしまいました。それに、後継者不足も深刻です」
  農業の現実をこう説明するのは坪井透専務理事(54歳)。農事組合法人マルツボの「顔」ともいえる。組合員が県内各地にいるため、人を介して地域農業の生の姿が情報として入ってくるという。
  高齢化、後継者不足は「農地の担い手不足」という形として表れてくる。農林水産省によれば、1960年に全国に607haあった農地は03年には474haに減った。工業用地への転用などもあるが、後継者不足が大きな要因だ。併せて、耕作されないまま放棄されている「耕作放棄地」も年々、増加している。
  こうした中で動きが急なのが、企業の農業参入である。これまで、経営陣や出資比率の過半を農業関係者が占める形での企業参入は認められていた。05年度からは参入がさらに容易になる。
  農業団体などは、農家保護のために企業の参入に反対の立場をとっている。とりわけ、企業の農地取得については「事業撤退による農地荒廃の恐れ」「農外資本による経営支配の恐れ」などがあるとして、強い懸念を示している。坪井さんも、これまでそう考えてきた。
  「しかし、県内をつぶさに歩いてみるとその衰退ぶりはひどく、農業者以外でも意欲のある人なら参入を認めることも必要かなと、そう思うようになりましたね。食糧自給率はわずかに40%。この数値にあまり関心が向いていませんが、それだけ日本農業が荒れているという証拠です。それに歯止めをかけるには、私たちと同じように借地をして営農する組織を増やすことも、一つの方法かと考えています」

    生産者の立場を無視
  良いとこ取りの市場流通

 農家の長男だった坪井さんが、地元の農業高枚を卒業して家業に就いたのは1968年。当時は、落花生の単作農家だった。これを消費者に直接販売できないかを常々、考えていたという。
  「75年に落花生の二次加工を始めたのがきっかけでした。市揚を通せば先発メーカーにかないません。そこで消費者に直接販売する方法を考 え、まず地元で朝市を開いたり、自治会のバザーに出向いたりしました」
  しかし、自治会のバザーは単発的で、朝市も常時開かれているわけではないため、産物はさばき切れなかった。事業として軌道に乗せることは困難を極めたのである。そこで着目したのが、各地で産声を上げていた生活協同組合(生協)だった。75年のことである。消費者団体との直接取引を模索していた坪井さんにとって、運動だけの団体ではなく、事業をも主要な活動に位置づけていると確信できたのは生協だけだった。スタートは地元生協、後に生活クラブに出会うことになる。
  「当初は生協というのは一つだけだと思っていました。生活クラブを知ったのは雑誌の記事。それを読んで初めて、生協にも色々な組織があることを知りましたね。記事の内容で印象的だったことは、生産者の立場をよく理解している生協だなということ。それで電話をかけて、直接販売を相談しました」
  手に携えて行ったのは、特産品の梨とさつまいもだった。話はトントン拍子に進み、「試験的に」取引が始まった。
  生産者の立場を考えている組織という坪井さんの生活クラブ観は、今も変わっていない。
  「今の流通は生産者の立場を無視した形になっているのが一般的です。農産物は大きさでSからLまでありますが『Mだけほしい』と言ってくる。スーパーなどは不作の時に通常の2倍の注文を出してくる。生協にしても、売る、買うだけの関係になっている面も見受けられます。しかし、生活クラブは良いとこ取りはしません。農業の現状を把握し、それを組合員に情報提供することで、生産者の立場や生き方を考えていく。つまり、生産者も消費者も同じ生活者という視点で提携しているんだという姿勢を強く感じます」

  「たとえ苦労の連続でも
  私は農業が好きなんです」

「農業は畑で何かをつくること」とだけ思っていた坪井さんの心境に変化が訪れたのは70年代後半。落花生に続いて干し芋の加工を始めた頃である。農業はこれから、幅を広げないと生き残れないという危機感から、加工・販売に取り組んだ。
  しかし、組織は任意団体という域を脱していなかった。「信用の問題」と「取引量の増加」に対応するために、85年に農事組合法人化の道を選択した。組合員10人からスタートし、現在、123人を擁するまでになった。
  これまでの道程は平坦ではなかった。農業全盛の時代から衰退へという変化もある。工業製品と違い、農業は天侯に大きく左右される。栽培している梨が、霜で全滅するという悪夢のような年も経験した。千葉県の業者に加工原料として出荷していた落花生を茨城産として直接販売しようと試みた時、「ブランド品と同じ物が消費者にとって価格メリットがある形で出回っては…」と、問屋筋の圧力で販路の開拓に数年も要したこともある。生産と消費のバランスが合わないことに悩むこともしばしばだ。
  そのうえ、歯止めがかからない高齢化と後継者不足である。ぶしつけだったが、「それでもなぜ農業を」と質問をぶつけてみた。
「私は農業が好きなんです。農作業は苦労と大変さの連続です。それに災害もある。野菜には種をまけば、年に何度か収穫できる物もありますが、梨などの果樹ではそれは無理。一年に一回しか収穫できませんからね。
  だけど、手をかければいずれはその結果が見えてきます。それが分かるのは農作物と子育てぐらいしかないのではないでしょうか」

自然を土台にした生命の産業

 マルツポ加工センターは、東京と水戸を結ぷ水戸街道から少し奥まった千代田町下稲敷にある。この町の農業就業率は30.9%(2000年度)、耕地面積が町の約3分の1を占めていることからも分かるように、農業の盛んな地域だ。水稲、果物がメインだが、麦、落花生などの豆類、甘しょ、そば、れんこんなども栽培されている。
  今年は台風が多く、茨城県でも貴地で葉物野菜が大きな被菩を受けた。ただしこの地域は葉物野菜の栽培が少なく、被害はほとんど出なかったという。

        ◆   ◆   ◆

 農事組合法人マルツポは、坪井農園が1958年(昭和33年)に、落花生の生産をスタートしたことを前史とする。収穫された落花生は「ブランド化を進めていた千葉県に出荷していた」(坪井さん)
  75年に落花生の加工事業をはじめ、契約生産者の拡大に取り組み、79年には茨城県特産の干し芋の供給を始めた。そして85年に、農事組合法人として認可を受けた。
  農事組合法人は農業協同組合法により制度化されたもので、強い人的信頼関係を基礎とした農民の協同組合組織だが、農協のように信用・共済といった金融事業は行えない。設立も5人(農協は15人)からと小規模グループの協同組織の一形態である。
  マルツポの組合員数は現在123人、売り上げは6億円。干し芋に代表されるさつまいも加工品に落花生加工品、ごぽう、れんこん、長芋、梨などの青果物が主要品になつており、以下の理念を掲げている。
(私たちの仕事は大地と自然を土台にした生命産業であり、自然の恵みから豊かな産物が育ち、消責者に届ける業である。環境負荷を減らし、緑を育て、安全な食べ物を作ることが願いである。生産・加工・流通の分野を通し、地域農業の振興と生産者の経営支持を進めていきたい〉

文/本誌・内野裕 撮影/尾崎三朗