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1日2千匹のアジを開くこの道のベテランは、
滑らかにリズミカルに一尾に10秒足らず。
真野 郁子さん |
零下40度の寒気団が、日本列島をすっぽり包み込んだ1月下旬。株式会社奥和の魚加工場も厳しく冷え込んでいた。
朝8時から作業は始まり、女性11人、男性5人で、山積みされた半解凍のアジを見る見るうちに切り開いていく。
その中の一人、真野さんは、魚を開き始めて25年のベテランだ。
手袋をした左手でアジを押さえ、右手に包丁を素手で握って、まず魚のえらの下から腹の中ほどまで刃を入れて裂く。
次にえらに刃先を引っかけて、手首をまわすように包丁を動かして内臓を抉り出す。さらに中骨の上に刃を差し入れ、そのまま尾まで引くと、魚体はきれいに2枚に開く。最後に魚の向きをかえ、頭を手前にして頭部を押し切りすると出来上がり。
魚の脂などのせいで手が荒れない
この間、わずか10秒足らず。しかし、動作は決して忙しげではなく、むしろ滑らかに流れるように見える。
「リズムなんですよ。単調な作業ですから、調子をつけてやらないと能率が上がらないんです」
真野さんはいう。
冬場のこの時期、いちばん困るのは指先のかじかみだ。空缶にお湯を入れて手元に置き、時どき指先を浸しては作業を続ける。長くお湯に浸けすぎると、かえって指先が荒れて仕事がしにくくなるそうだ。
この仕事をしてる人たちの手が、冷たさで赤くなってはいるものの、ほとんど荒れていないのが不思議で聞いてみると、「お湯の使い方に注意しているのと、もう一つは扱っている魚の脂のせいではないでしょうか」と真野さん。また、刃ものを繰りながら、それで怪我をする人もほとんどいないそうである。
包丁はそれぞれ愛用のものを使っているが、一日に二回は砥いでもらう。刃が摩滅したり、欠けたりすると切れ味が悪くなり、きれいに仕上がらない。
きれいに開くコツは、常に包丁の刃を鋭利に保つこと、「それと刃を入れる角度でしょうか。角度がいいと魚の切り口の面
につやが出るんです」。真野さんはそう言う。
真野さんが働きはじめたのは、一人娘が幼稚園に入ったのがきっかけ。もともと包丁を持つのが好きだったので、魚を開く仕事をしてみようと思ったのだった。
沼津では魚を開く技術を身につけた職人が、その技を買われて会社を移動することもよくあるそうだ。あれから二十五年、真野さんも会社を二度変わり、6年前に奥和に入った。
真野さんが最初の会社で魚の開き方を習ったのは、六十五歳くらいの女性からだった。
「厳しい人でね。まず第一はきれいに開くこと、開いた魚の姿が絵になるようにって。だけどそれだけではだめなのね。魚を開いた手間賃が、会社の儲けにもなるし、わたしらの給料になるんだから、一尾でも多く開けって。それが口癖なんですよ。
五ヶ月くらい練習させられました。会社じゃ早く覚えて仕事しろって言うんだけど、そのおばさんが、なかなかいいって言わなくてね。あの時は私も焦ったけど、今になればあの時完ぺきに教わったから、こうやって奥和に移ってきても、技術が通
用するんですよ。ほんとによかったと感謝しています」。
夢は夫と二人での九州一周の船旅
奥和では、脂ののった旬の時期に九州対馬産のアジを一括仕入れし、冷凍保管しておく。需要に応じて海水で半解凍し、それを開く。
その後(株)青い海の真塩を使った18%の漬け汁に十二、三分漬け、真水で洗った後、網を張った木箱に広げて28℃、湿度40%の涼風除湿乾燥を50分ほど行い、さらに一尾凍結をかけた後、出荷直前に計量
、袋詰めをしている。
最近、社長の奥村吉明さんに代わって27歳の長男太郎さん(専務)が会社を取り仕切っている。その太郎さんは真野さんを「技術がいいだけでなく、職場ではムードメーカーだし、生活クラブへの理解もある人です。彼女自身組合員ですから」と評価する。
一方真野さんも「奥和は人の関係がいいので働きやすいし、専務も若いのにほんとによくがんばってます」という。
去年の秋、一人娘が結婚して家を出たので、今、真野さんは市内の衣料品問屋に勤める夫の敏夫さんと二人暮らしだ。料理をするのが大好きな真野さんは、毎日の弁当づくりに熱が入る。夫の職場でも彼女のつくる弁当は評判がいいという。
生活クラブの組合員として、真野さんは新規取組み品は必ず一度試してみる。だが、もっとも愛用しているのは豆類とだしの素材という。「夏には八方だしをたくさんつくって、そうめんのつけ汁にと知り合いに配るんです。毎年みんな待っているんですよ」
そんな真野さんに夢がある。
「定年になったら夫と二人で一ヶ月くらいかけて九州一周の船旅をしてみたいんです。それまでお互い元気でいようねって行っているんですよ」真野さんははにかむように笑った。
(編集ワーカーズのもの・野本道子)
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