講演録

第3回 生活クラブグループ福祉事業交流会


〜地域の力でつくり出す市民事業と福祉政策〜

 

日時:2004年3月28日(日)午前10時半〜午後4時半
場所:東京ウィメンズプラザホール

第一部:各地からの福祉活動・実践報告

第二部:シンポジウム「市民事業は地域福祉政策づくりの推進力を持てるか?」


開会

○司会(土屋) おはようございます。きょう1日司会進行をさせていただきます生活クラブ千葉の土屋と申します。
 きょうはお休みのところ、朝早くから生活クラブグループの福祉交流会に、北は北海道、南は愛知から150 名近い皆さんにお集まりいただきまして本当にありがとうございます。
 これから「地域の力でつくり出す市民事業と福祉政策」ということで皆さんとご一緒に考えていきたいと思います。4時半までの予定ですが、有意義な1日となるよう、ご協力をお願いいたします。 最初に、実行委員長の松浦のほうから挨拶があります。

主催者挨拶

松浦 おはようございます。お休みのところ朝早くからご苦労さまです。
 生活クラブ生協連合会主催の福祉事業交流会は今回で3回目になります。1回目は連合のビルで、はこの上の会場で開催しました。去年
 生活クラブの福祉活動というのは、各単協がそれぞれのやり方で、それぞれの地域に自分たちの住みやすい仕組みをつくろうということで長年取り組んでまいりました。したがって、積み上げてきたものもいろいろです。それを連合全体で共有する機会がなかなかつくれずにいたのですが、ここ何年か、そこをつなげるためにこういう機会を持つようになりました。

 お手元にたくさんの資料がいっていますが、生活クラブの事業をまとめたものが冊子になっています。これを見ていただくとおわかりになると思いますが、今年度の生活クラブ全体の福祉事業高はおよそ70億と予測されています。

 どのくらいの人が利用しているかというと、全体では1カ月平均3万1,860 人、そこで働いているメンバーは1万1,000 人になります。その働き方、また実際にどういう事業を展開しているかは、各単協がそれぞれのやり方でやっていますので、きょうはそういう情報交換もしていただけたらと思っています。

 また介護保険がスタートして4年になりますが、今の制度だけでは決して十分ではありません。これからどういう仕組みを地域につくっていくことが私たちにとって必要か、そういうことを検討できる1日にしたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

司会 それでは、松浦からありましたように各地域の活動を報告していただきたいと思います。パネラーの方はご登壇をお願いいたします。きょうは皆さんパワーポイントを使われますが、パワーポイントに使われる写真等はお手元の資料にも入っています。

 すみません、始まる前まではパワーポイントがきちんと動いていたのですが、動かなくなったという報告がありました。今調整していますので、使えるようになったら使うようにしたいと思います。急なことで発表者の方には申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

 では北海道から、生活クラブ生活協同組合月寒デイサービスセンター「デイこたけ」の菊地純江さんから報告をしていただきます。よろしくお願いいたします。


第一部:各地からの福祉活動・実践報告

1.北海道

「先ず、始めること、
はじめての福祉事業『デイサービスセンター』を開設して」

生活クラブ生活協同組合月寒デイサービスセンター「デイこたけ」施設長
菊地純江

菊地 おはようございます。今回は北のほうからというか、地図で言うと上のほうからという流れだったようで、一番初めに報告させていただきます。

 パワーポイントが使えないようですのでお手元の資料をごらんください。パワーポイント用の写真の1、これは私たちのデイサービスセンターの外観です。

 生活クラブ生協北海道は1982年に誕生し今年で22年目になります。現在は札幌市とその周辺市町、そして釧路市で展開しており、組合員は1万4,000 人ほどです。

 北海道が福祉の方針を最初に掲げたのは1992年、今から10年ほど前になります。エッコロの導入、少子高齢化社会へ向けた学習会や講演会の開催、また中心となって動く理事会や組合員の首都圏単協への見学会等を積極的に行なってまいりましたが、そのなかで社会の状況を勉強し、市民福祉というものを身近に感じることができたように思います。

 1994年には組合員有志が助け合いのグループを設立しました。ただ、それは生活クラブ生協内ではなく、すでに連絡協議会をつくって活動していたワーカーズコレクティブの一員としての「たすけあいワーカーズ」でした。

 札幌は政令都市で行政区が9つあります。生活クラブはその行政区ごとに、またその周辺の市町に支部を結成していましたので、「たすけあいワーカーズ」もその行政区ごとというか、その支部の組合員が中心となって動きだしました。

 1999年にはNPO法人を取得して自主事業のほかに介護保険事業にも参入しました。現在は訪問介護が9事業所、居宅介護支援事業所が2つ、通所介助が1つ、ミニデイが2つで、仕出しのワーカーズが配食のサービスを始めています。

 〔パワーポイント使用開始〕これが「デイこたけ」の概観です。

 「たすけあいワーカーズ」の動きが活発になるなか、単協としてはその時期、介護保険導入の学習会など、組織内の関心を高め、担い手を育てる目的でヘルパー研修を行なってきました。そして介護保険導入前の99年に、改めて理事会内に福祉プロジェクトを設置し、生活クラブとしての21世紀に向けた福祉の方針を再構築しました。

 その福祉についての「方針」は、2001年の総代会において承認を受け、組合員の合意を得て動きだすことになりました。「進む高齢化社会をとらえ、協同組合生協が担う福祉の役割をよく知り、協同組合地域社会づくりの福祉版と銘打って、先ず始めること」を目指してまいりました。

  「先ず始めること」と書きましたが、生協の拡大は進まない、組合員活動も停滞してくるなか、なかなか福祉に踏み出せずにいたときに、市民活動で福祉を担っていた方から「白紙からの一歩を恐れずに、まず何かを始めてみなさいよ」という言葉をもらい、一歩進めたような気がしました。

 その1つ目がデイサービス事業であり、2つ目が福祉基金の取り組み、3つ目が経済共済の導入で、私たちのデイサービス事業はそのような方針のもとにスタートさせることが決まりました。

 スタートさせるための視点・方針は理事会内のプロジェクトで決まっていたのですが、実際に開設するには何が必要かとか、どこの地域がいいかなどは、そのあたりから進められました。

 私は支部の委員長や理事を歴任し、退任後は民間のデイサービスセンターで看護婦として働いていたのですが、生活クラブでデイサービスセンターをやるからということで生活クラブに戻り、その準備会に参加しました。

 また私たちは出会いに恵まれたと思っています。「デイこたけ」の名称になっている小竹氏との出会いです。福祉プロジェクトを進めるなかで、福祉クラブ生協さんから、札幌に住んでいる方が「デイいしだ」を見学に行ったと連絡をもらいました。どうも本気らしいよというお話で、事務局と理事会がご本人とコンタクトをとりました。

 小竹さんはテレビで福祉クラブ生協が活躍する姿を見てとても感動し、これだと思ったというお話をあとで聞きました。長く商売をしてきたこの地域に恩返しをしたい、町内会館とかいろいろ考えたけれども、「デイいしだ」さんのようなことができないかということで、いろいろ探していらしたようでした。私たちとの出会いで、小竹さんのほうも一つ何かを見つけたというお話でした。

 篤志家とはいっても、生活クラブのことも生協のことも何も知らない方と、そこから話し合いを進めて協力関係をつくれたことは、生協も市民の方とやっていけるのだと自信を持てた一つでもあります。

 この場所は小竹さんが長く住んでいらした地域で、札幌の中心から6キロ圏内の住宅地です。私たちは地域地域と言ってきましたが、その方が実際に住み、住民の方から信頼されている地域にデイサービスをつくるのだからと「デイこたけ」という名前にしたのですが、私たちが周辺の方から信頼を得られたのは、そのことも一つあったように思います。

 提供された土地は約80坪、建物は平屋建てで、中は45坪ほどあります。費用は建物だけで3,000万円を少し超えたと聞いています。現在は安価な賃貸関係を結んでいますが、将来的には贈与ということで公正証書も交わさせていただいています。

 こういう一人の方との出会いが、もちろん方針もあり話し合いも進んではいたのですが、一つ背中を押してくれてデイサービスを開設する流れとなりました。

 内容ですが、2001年10月に北海道の指定を受け、介護保険サービス事業所としてスタートしました。当初は火曜日と金曜日の2日間だけ開き、定員は10名でしたが、少しずつ利用日を増やし、2003年4月からは週5日、月曜日から金曜日まで開くようになりました。定員は15名です。

 スタッフはワーカーズではなく、単協や支部のニュースで募集しました。現在は全員組合員です。30代が1人、あとはすべて40代で、9人のスタッフでシフトを組み、毎日のケアを行なっています。

 利用者は、フルに利用されると月300 人くらいになると思いますが、なかなかそこまではいきません。月に200 人平均です。北海道の特徴だと思いますが、秋口から入院やグループホームへの入居が相次ぎ、ここのところ少し減っている状況ですが、春になればまた利用者が増えてくると思います。

 この3月は33人の利用でしたが、男性が7人、女性が26人で、やはり女性が多くなっています。介護度では、要支援1の方が約半分を占めます。

 デイに通うことで自立や介護度の軽減を目指すと言われていますが、介護度が軽くなった方は1〜2名で、ほかの方は居ながらにして車椅子になっていくとか、痴呆の程度が進んでいくということで、本当に在宅で自立支援していくことの難しさを感じています。

 私たちのデイでは、目的とか視点ではいろいろ言葉を並べていますが、隣の家に遊びに行ってゆっくり過ごしているような、そんなデイにしたいと思っています。

 独居の方も同居の方も、おうちにいると笑う機会がない、話す機会がないということをおっしゃっている方が多くて、デイに通ってきているあいだは楽しくお話をして帰ってくれていると思っています。入浴とか食事はある程度、時間で進めていますが、特別大きな行事も組まず、おしゃべりしたりいろいろなお話を聞いたりしながら毎日を過ごしています。

 特に札幌市内は小さなデイサービスが少なくて、40人、50人、60人という大きなデイサービスが多いので、私たちのような小さなデイサービスが少しずつ広がっていけばいいなと思っています。ショートステイに関しても、私たちのデイサービスのある豊平区は特養併設のところだけです。

 私たちの利用者も、ショートとなるとそういうところに行くものですから、パニックを起こす方もいます。そういうのを見ますと、通い慣れたデイが次の段階に進む時期が来ているなと現場では感じています。

 簡単に私たちのデイの毎日を撮ってきましたので映してください。こんな感じです。どんどん進めてください。雪が降っています。雪掻きもすごいんですよね。これは親子で通っている方です。ひな祭りです。本当に普通に、楽しく過ごしていただければと願っています。

 これは私たちの玄関にある、いわゆる定礎というものだと思いますが、小竹さん自身がつくってくださいました。「くもり、のち晴れ」と書いてあります。くもりの気分で来ても晴れて帰れるようにということです。この段階でもう「贈」という言葉をご自分で入れてくれていますので、たぶん私たちにというか地域に贈られたものだと思っています。

 今後ですが、デイサービスそのものとしては開設して2年半たちました。まだまだ素人の集団というところが抜け切らないなかで、まず1日がうまく流れるように、1カ月がうまく流れるようにという、目先のことを目標に運営してきたように思います。これからも常に、目先の問題を解決しながら新しいことを考えて進めていきたいと思っています。

 単協としては、今年度は地域に福祉の拠点をつくるということに戻って、居宅介護支援事業所を立ち上げる予定です。今の「デイこたけ」の建物の横に事務所を置くのですが、そこには「たすけあいワーカーズ」の事務所にも入ってもらい、「訪問介護」と「デイ」と「居宅」ということで地域を見ていきたいと思っています。

 単協本体としては、デイサービスと同時に方針に挙げていた福祉基金も2年越しの総代会で承認され、現在は生活クラブ内外で基金の申込みを受けつけている状況です。

 経済共済のほうも、ちょっと数字は把握していませんが、毎年の目標はクリアしながら、その手数料を福祉基金に使えるようにするということで進めています。

 これからも組合員への広報ですとか、地域をもう少し巻き込んでいくことなど、いろいろな問題がありますが、一つひとつ考えながら進めていく「デイこたけ」でありたいと思っています。以上です(拍手)。

司会 ありがとうございました。質問、また感想は最後にまとめてお受けしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 次に山形県米沢のほうから、たくろう所からグループホームに至るまでのお話をお聞きしたいと思います。今野敏子さん、よろしくお願いいたします。

2.山形県

「結いのき」
「『たくろう所』からグループホーム建設に至るまで」
米沢生活協同組合グループホーム助け合いの会代表幹事
今野敏子

 

○今野 米沢から参りました今野でございます。きょうは「たくろう所」を開いた当時の「助け合いの会」の代表者の方と、グループホーム建設にあたっては福祉委員会を立ち上げたわけですが、その代表者の方たちが、私のお目付役として一緒に参加させていただいております。

 今も写真(パワーポイント)に映っておりますが、北海道さんと同様に米沢は雪の名所でございまして、まだたくさんの雪が残っております。きょうは車中、桜の花を見てきましたが、桜の季節はまだ先です。質素倹約で藩の財政を建て直した上杉鷹山のもとに開かれた城下町で、経済的には恵まれないところです。

 その地で生協を作ろうと、労働組合を基盤に労働福祉対策の一環として立ち上げたのが昭和28年といいますから、北海道さんよりちょっと早い時期だったかと思います。

  その生協が一度倒産の憂き目に遭いまして、というのも男性中心の生協であったがために、30年代、40年代の高度成長期のあいだに、怠慢とマンネリといいますか、そんなことで倒産した時期があったのです。

 それで当時、市会議員であった前専務理事の湖山寛一さんを中心に、現在の井上専務をはじめとする数人の方たちが、生協活動は婦人が中心になってやっていかないと決して発展しないということで、昭和51年に婦人の理事の方たち数人と各地区に家庭班をつくろうと立ち上がりました。

 私も主人の仕事の関係で生活協同組合があることは知っていましたが、私自身が組合員になったのは昭和51年ごろだったと思います。婦人理事さんたちが一生懸命にやって数年たったころ、一人の理事さんから声をかけられ、生協活動に足を踏み入れて24〜25年になります。

 その間、本当に何もわからなかった一主婦がいろいろな場面で勉強させていただきまして、きょうこんなに大勢の方の前でお話しすることになるとは夢にも思っておりませんでした。緊張して話があちこちになるかと思いますが、そのへんはご容赦いただきたいと思います。

 そういうことで高度成長の時期も過ぎ、婦人の社会参加が言われ、そのためかどうかわかりませんが少子化時代となりました。国自体の対策も、少子高齢化で大変な時代になるということで、現在いろいろ始まっています。

 米沢というところは大きい企業が少ないせいか、国から助成金なり何なりが受けられるならという営利目的というか、それで金儲けをしようと思ったかどうかわかりませんが、福祉施設があちこちに建ちはじめました。

 そのころ、これは全国的な流れだと思いますが、高齢化社会が来るということで始められた生活クラブ神奈川や生活クラブ千葉のたすけあい活動の様子やら、きょういらしている佐々部さんもだいぶ苦労されて「風の村」を立ち上げられたのだと思いますが、その方たちのお話がちらほらと北の外れの米沢まで届くようになりました。

 それで私たちもこうしてはいられないと。私に声をかけてくださった婦人理事の方たちや組合員もだんだん高齢になられたこともあり、何とか私たちで助け合いの福祉活動をやれないものだろうかという話が、現在常務理事をされている松本さんを中心に、組合員の方たちからもポツポツ出てまいりまして、それでは勉強会をやろうということになりました。その流れはきょうの資料にも出ておりますので、ごらんいただければと思います。

 そうこうしているうちに、私の母に老人性痴呆の症状が見え始めました。私が、生協活動に参加するにも心配で一人にしておけないと話しましたら、そこにも書いてあるように、せっかく「助けられ上手になろうね」の講座や「暮らしの講座」を開いて勉強を積み重ねてきたのだから、その実践の場として実際に「たくろう所」を開いてみようということになりました。そして、助け合い活動の組合員のなかからボランティア活動ができる人を募り、まずは学童保育の一室をお借りして活動を始めました。

 最初のうちは本当に1人、2人の利用でした。そのおばあちゃんが「ちょっと具合が悪いので1カ月入院します、2カ月入院します」と言うと、その間は休んで、「元気になられたらまた始めようね」という調子でした。本当に何もわからないずぶの素人、ボランティアの集まりでした。たぶん平成6年(‘94年)の秋だったと思いますが、その年は一冬お休みになったと思います。

 そうこうしているうちに、98年に現在の地に生協で1軒の住宅を購入することができまして、「たくろう所」と銘打って、もし利用される方がおられたら始めましょうということで始まったわけです。

 ちょうど国の政策としても介護保険制度が確実に国会を通り、2000年度から開始するという話が出ていたころです。1998年というと施行の2年前ですが、そういう国の政策ができて、米沢でも、さっきも話したように大きな福祉施設があちこち建ち始めましたので、こんなに「たくろう所」を利用する人がいるだろうかと、最初のうちは本当に不安でした。

 誰もいなかったらやめようねという形で始めたところが、そういう施策ができたらできたでいろいろな制約がありまして、病院やら各施設やら、それこそ市役所の福祉課からも、「今すぐ(公の施設を)利用したいのだが、いろいろな規制があってすぐには入れない。ちょっとたくろう所でお預かり願えないでしょうか」という問い合わせが毎日のように来ました。

 私たちには資格も何もありませんので、果してその方たちをお預かりすることができるだろうか、とにかくいっぺんお会いしてみてからということで、一応お会いして、この方だったら何とかできるねとみんなで話し合いながら始めました。

 国の政策ができ、大きくて立派な福祉センターがたくさんできたのに、こんなちっぽけな、それも助成も何もないので利用される方は実費ですから、こんなに高い料金を払って利用する人がいるだろうかという不安はとんでもなくて、5人、6人と増え始めてまいりました。

 そのころから、こんなことなら利用者も私たちも本当に安心できる、助成のいただけるきちんとした施設をつくりたいねという話が出ました。ただ、そうするにも組合員の同意がなければできません。ちっぽけな「たくろう所」を開いてから数年がかりで、総代会、ブロック会、班長会という形で何回も報告してきたのですが、末端の組合員まで到達するのはなかなか大変でした。

 関心のある組合員からは「そういう施設ができるといいね」という声もありましたが、「生協がそんな金儲けになる福祉活動なんてすることないべした」という声がいまだにあります。この2月に本当に立派な「結いのき」が誕生しましたが、まだそういうことを言っている組合員さんもいらっしゃいます。

 そういう組合員を説得するのに数年かかっているあいだに、特養とか老健施設がいっぱいできました。「米沢市の場合、そういう立派なものは十分に充足しております。許可はおりません」ということになってしまいました。

 それでも「グループホームなら今のうちだったら何とか」というご返事を行政からいただき、組合員の皆さんにやっと承認していただいたのが2002年の総代会です。総代会が終わるとすぐに立ち上げということで、「助け合いの会」のメンバーの方を含めて、改めて福祉委員会が7月に発足しました。

 その前にも、「たくろう所」の時代にも、きょうのパネラーである池田先生(生活クラブ千葉理事長)をお呼びしてお話をお聞きしましたが、建設を承認していただいて取りかかろうというときには、これからお話しくださる佐々部さんなどをお呼びして、いろいろお話をお聞きしました。

 「風の村」の場合は本当にご苦労されたと思いますが、私たちの場合は、福祉委員会がハード面とソフト面に分かれたというか、ソフト面は十分に検討してくださいということで、ハード面では井上専務におんぶに抱っこでした。井上専務は本当に人脈が広く、あらゆる方面の方とのお付き合いがありますので、そちらのほうはお任せという形で、2002年7月に立ち上げて2003年9月には着工できました。

 こんなに早い段階で建設することができたのは専務のお力が大きかったと思います。私たちは勝手に、私たちの「終の棲家」として、余生を過ごすのだったらこういうところがいいねとみんなで話し合って決めていったような気がします。

 設計士の斉藤さん(双立デザイン事務所・専務)にも、壁の色はこう、床の色はこうと勝手な要望ばかりしてまいりました。建設費のこと、いくらかかるのかということはすべて専務にお任せしてやってきたわけですが、私たちの身勝手な要望を聞き入れてくださって、大変立派な「結いのき」ができました。

 (パワーポイントを見ながら)今映っているのは「たくろう所」時代の映像で、きょうは鈴木チヨ子さんも来ていらっしゃいますが、誕生会やら、花見やら、季節季節の行事を、そこに通っていらっしゃるおばあちゃんたちとやったところの映像です。次はおばあちゃん同士が話し合いしているところです。

 この資料にも載っていますが、私たちがつくった「たくろう所憲章」を読ませていただきます。

 1.たくろう所は、そこに集う人が、楽しくゆっくりと共に過ごす場です。
 2.たくろう所は、どんな人でも、その人らしく輝ける場です。
 3.たくろう所は、いろいろな人が、互いにかかわり合い、助け合う場です。
 4.たくろう所は、自然に親しみ、地域に根ざした生活の場です。

 このような「たくろう所憲章」を持ってやっております。きょうの資料にも載っておりますので、ごらんください。

 そのなかから抜粋して、たくろう所の概要といいますか、当時を書き記したものがありますので、ちょっと読ませていただきます。

 暗中模索で始められた助け合い活動も、最初は戸惑ったことも数多くありました。その都度みんなで話し合い、検討して対応してきました。助け合いの会の会員はみんな素人です。お年寄りとの生活体験のない人もいるなかで、励まし合い、対処のやり方の教え合いをしながら経験を積んできました。

 利用者の方の変化、今まで会話も何もなかった方たちがお話しできるようになったり、立ってトイレにも行けないような方が、皆さんと一緒に暮らしているうちに緊張感が伴い、身体の動きも活発になったりすることも、お年寄りと一緒に過ごしてみてわかりました。こうした利用者の変化に驚かされ、お互いに元気をもらい合って双方励みになりました。

 そして、先ほども言いましたが、1998年10月から現在の自前の建物で活動ができるようになりました。会員のなかでは「ここは本当に駆け込み寺だね」と言われていますが、規制にとらわれず即座に対応し、利用者の要望に応えるよう、できる範囲内でやってきました。

 利用内容としては、月曜日から土曜日、朝9時から5時まで、送迎・昼食付き。その時間以外は自宅で送迎という形です。

 最初のうちは日帰りの利用者だけでしたが、先ほども言いましたように、病院から施設に入れるまでのあいだ、家庭の事情でどうしても家には退院できないという方をお預かりすることもあります。

 そして10年。だんだんと役所からの依頼も増え、身寄りのない方をお預かりするようにもなりました。また通所だけだった方から、私も泊まりたいという要望が出たりして、ボランティアだけではやっていけなくなり、生協の専従の方を入れてもらいました。

 夜のボランティアも入れ、本当にあす何が起こるかわからないという状態で10年間、事故もなく、利用された皆様には本当に喜んでいただき、よくやってきたなという思いがよみがえってまいります。

  2002年、その「たくろう所」で培った力をグループホームに生かせないだろうかということになりました。そして何が何でも組合員の同意を得なくてはならないということで働きかけ、でき上がったのが、この2月に開所の運びに至った「結いのき」です。

 開所式から数日間、まだ入所者がおられないうちに内覧会が開かれました。トータルで1週間ぐらいだったと思いますが、600 人以上の方が次から次へと視察に来られました。福祉委員会の方はもちろん、助け合いの会の方たちは毎日、朝から晩までお手伝いという形で張りついて頑張ってまいりました。

 ユニットは3グループで、満室になると27人の利用ができます。今のところ2ユニットだけが満室で18人の方が利用されていますが、そこに専従の職員が日中は3人体制で、遅番、朝番、泊まりという形でやっております。

 4月からは第3ユニットも、A、B、Cと銘打っておりますがEユニットも開所となりますが、内覧式が終わった段階から申込みが殺到しており、27人のどなたに先に利用していただけるか選考者のあいだで迷っているような状態です。

 本当にありがたいといいますか、私たちがやってきたことがこんなにも米沢市内の小さな町に広まっていたのかと、自分たちでやってきたことが夢幻のような感じです。

  先ほども言ったように米沢市は経済的には何もないところなので、いち早く目をつけて、大きな福祉施設だけではなく、今こういうグループホームが次から次ぎへと建っています。私財を投げうってまでやっている方もおられます。

 ただ、そのようなところにお聞きしてみると、利用する方がいなくてどうしようと思っておられるところもあるようですが、おかげさまで「結いのき」はそのようなことはありません。

 「結いのき」と銘打たせていただきましたが、すばらしい名前だったと思っています。組合員からの応募で、皆さんで付けた名前ですが、みんなで手を結び合っていこうということで付けられた名前です。

 (パワーポイントを見ながら)この写真は最初のお誕生会で、前に座っているのは103 歳のおばあちゃんです。去年の3月だったと思いますが、お嫁さんが交通事故に遭われて、「とてもおれのこと見てらんねえ。おれ、ここさ来ていいか」と、お孫さんが組合員ですので、そのつてで生協の「たくろう所」があることを知って訪ねて来られました。

 「ああ、ここだったらいい」と言って泊まってもらったのが最初で、数年間たくろう所を利用されている方たちのなかにすんなり入っていただけました。そして「ここはうちより楽しい」と。今までは一人でポツンと置き去りにされていたのだと思いますが、一番先に「結いのき」に入っていただき、今は皆さんと元気にやっておられます。

 これからの私たちの望みとしては、「たくろう所」でゆったりと過ごしていただいた雰囲気を、どうやったらこの「結いのき」でつくっていけるのかということです。2カ月たっていろいろな問題や課題が出てきておりますので、そのへんがこれからの課題になっています。

 お話が不行き届きですみませんでした。このような状態ですということで、報告させていただきました(拍手)。

司会 どうもありがとうございました。生協倒産から今に至るまでの大変な思いが伝わってきました。

 それでは次に千葉のほうから、今の今野さんのお話にも出ていました「たすけあい倶楽部を支える会」の運営委員長でもあり、「ボランティア活動情報センター」の準備会を立ち上げておられる佐々部さんから、その活動の内容を報告していただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

3.千葉県

「たすけあい倶楽部を支える会から
生活クラブ・ボランティア活動情報センターへ」
生活クラブ・ボランティア活動情報センター設立準備会座長
佐々部憲子

佐々部 こんにちは。初めに「たすけあい倶楽部を支える会」の設立から現在の活動状況をお話しさせていただいて、今回の構想について触れていきたいと思います。

 「たすけあい倶楽部を支える会」は生活クラブ生協から誕生しました。生協は94年にたすけあいネットワーク事業として高齢者のホームヘルプサービス事業を開始しましたが、翌年の95年には高齢者福祉施設の建設を目指して建設準備会を設置しました。

 準備会では議論を重ねて「もう一つのわが家」というコンセプトで特別養護老人ホーム「風の村」を準備していきましたが、同時に、その運営を行なっていく「社会福祉法人たすけあい倶楽部」と、その支援団体としての「たすけあい倶楽部を支える会」を設立しました。

 「支える会」の設立の動機は主に2つあります。一つは財政支援の必要性です。生協は「風の村」の建設資金を補助金と自己資金と借入金で計画しましたが、その借入金の返済計画の手当てとして、生協からの寄付と、組合員をはじめとする個人からの寄付で計画しました。その個人からの寄付の受入窓口が必要でした。

 もう一つは間接的な運営参加です。5年かけて建設のイメージをつくり上げてきましたので、そこでの成果が運営に反映されているかどうか見守っていく必要がありました。

 この2つのことが動機となって、自発的な個人参加による任意団体「たすけあい倶楽部を支える会」が設立されました。結果、手を出し、口も出し、お金も出すという、大変欲張りな支援団体になっています。

 現在の活動状況ですが、会則に沿っています。一つ目は「ボランティアコーディネート」です。この窓口は「風の村」と「支える会」の両方にあります。「支える会」の存在を知っている人は直接「支える会」に連絡してきますし、知らない人は「風の村」のほうに連絡をしてきます。

 「支える会」で現在準備している活動メニューには、定期的な活動としては、毎週実施しているクラブ活動やユニットでのお話し相手などの見守り活動があります。また地域交流スペースでの喫茶・売店の運営を年中無休で行なっていますので、その活動にもボランティアの人をつないでいっています。写真をお願いします。

 「彩りクラブ」は、入居者やデイの利用者の方に暮らしの彩りをということで、たまたまこの日はジェスチャーをやっていますが、お花を活けてみたり、クリスマスの時期になると、近隣で採ってきたつるを使ってリースづくりをしたりしています。次、お願いします。

 これはデイサービスのほうで、職員がエコクラフト教室をやっています。そこにボランティアが入って見守り活動をしているところです。これはかご作りをしている写真です。

 これは売店です。常設しているのは左の売店だけですが、週に1回、木曜日にロビーのほうに「木曜市」と称してお店を出しています。

 ボランティア体験ツアーの企画・運営も行なっています。これは主に生活クラブ生協の組合員さんを中心に行なっているのですが、1回の参加者は20名限定で、ボランティア活動を体験してもらいながら、「風の村」や「支える会」のお話を聞いて理解してもらうという内容です。今年度は約180名の参加がありました。そのほかのボランティア活動も含めて、2003年度の「支える会」経由のボランティア参加者数は、延べ約600 名になっています。

  会則の2つ目に「外からの立場で意見・提言を行なう」ことを挙げています。当初は「支える会」のなかにオンブズマン機能を置こうと考えていましたので、2000年に神奈川の湘南福祉ネットワークの方を招いて学習会を行ないました。

 そのときに、福祉の場でのオンブズマン活動とは利用者の権利擁護の活動であるということを学ぶと同時に、支援団体といういわば「風の村」とは身内の関係にある団体ではその機能が働かないのではないかというアドバイスを受けました。

 結果的には、「風の村」が中心になって、2001年に地域の4つの法人が一緒になって「印旛ふくしネットワーク」を設立しました。この活動には「支える会」から2名の訪問相談員を選出しています。

 現在は、毎月の運営委員会とボランティア連絡会に「風の村」の施設長や職員が参加し、情報の共有を行いながら意見交換をしています。広報活動、情報提供ということもこの間行なってきました。情報提供で言えば、年に3回、会報を発行しています。

 財政支援ですが、会費収入の4分の3を毎年寄付しています。この5年間で行なった寄付の総額は1,700 万円を超えています。会員は今2,000 名程度です。会員の増減というところで言うと、ここ2、3年はプラスマイナスすると2,000 名からそう大きく動いていません。

 今回、「たすけあい倶楽部」では、生協のたすけあいネットワーク事業を統合して福祉事業の一元化を図ります。今後は地域のさまざまな支援ニーズに応えながら、「食の生活クラブ」と「福祉の生活クラブ」が協力し合って、誰もが安心・安全に暮らせるまちづくりに積極的に貢献していこうと考えて準備を進めています。

 「支える会」はこの変化を受けて、これからについて検討してきましたが、今回の構想のきっかけは2つあります。

 一つは、問題意識としてボランティアのあり方を追求していきたいということです。「支える会」はこれまでボランティアのあり方を描かないまま活動してきました。2002年度まではコーディネーターも置かずに来ましたので、いろいろな問題も発生してきています。

 「風の村」が大事にしている入居者や利用者の尊厳を守ること、意思の尊重、プライバシーの保護に照らしてボランティア活動を見たとき、なかには入居者や利用者の方に負担をかけていると感じることがあります。また活動の場面で疎外感を感じ、元気をなくして足が遠のいていくボランティアもいます。継続して活動するボランティアのなかには、交通費など金銭的な問題も発生してきます。

 今年度から、コーディネートする際には「風の村」が大事にしていることをきちんと伝える必要があったと考え、コーディネーターを配置しました。また下期には「風の村」とも相談してボランティア活動のルールとマナー、そして活動報告書をつくる等、コーディネートのシステム化を行ないました。

 この活動報告から、ときにはボランティアのフォローをする場合もあります。ボランティアの気持ちをケアするというか、そういう場面も出てきています。今、少しずつ「風の村」でのボランティアのあり方が見えてきたと感じていますが、もっともっといろいろな活動をしている人たちと一緒に、ボランティアのあり方を考えていきたいと思っています。

 新たな発見もありました。この間大勢のボランティアと出会ってきましたが、そのなかに、すでに地域で何らかの支援活動をしている人がたくさんいました。その方たちのお話を伺うと、「地域には子育てに悩んでいる人、高齢や障害を持っていて、ちょっとした支援を求めている人がたくさんいる。これからはもっと活動する人を増やして、そういう活動をしていきたいと思っているんです」と熱く語られます。

 また「風の村」が自分の地域にあれば毎日でも活動したいのにという人も本当にたくさんいました。今年度のボランティア体験ツアーの参加者180 名のアンケートを見ると、95%の人が「今後も何らかのボランティア活動をしていきたい」と回答しています。

 このような問題意識と発見から、これからはボランティアのコーディネートを柱に活動していきたいと考えました。県内に広がる社会福祉法人の事業所でたくさんのボランティア活動をつくり出し、ボランティアのあり方をみんなで考えていきたいということです。

  一方、生活クラブ生協のたすけあい活動としては、1987年から「エッコロ共済制度」で組合員同士のたすけあいに取り組み、94年からは地域のたすけあいへと活動を膨らませてきました。96年には、地域の福祉活動団体を支援するエッコロ福祉基金を含む制度へと見直しし、組合員活動の際の託児を行なう託児グループも生み出してきました。

 今年度は、組合員の中心世代の問題になっている子育て支援をさらに充実させていこうと検討しています。子どもの視点に立った子育てを考えたい、地域でそのことが実現できるようなネットワークづくりを進めていきたい、そして消費材を通じて次世代に食文化を伝えていきたい。こういうことを大きな基本として、継続して活動できる組織づくりをしていきたいと考えています。

 その媒体として、この情報センターと連携したいと考えています。今年の1月から、社会福祉法人、生協、「支える会」の三者で設立準備会を結成し、現在、具体化を進めているところです。

 「支える会」を改組して、新しく生活クラブ生協社会福祉法人と共に立ち上げていく組織の名前は「生活クラブ・ボランティア活動情報センター(ボランティア・アクティビティーズ、インフォメーション・センター)」といいます。通称VAICです。頭文字をとりました。

 頭に「生活クラブ」を付けた意味は大きく3つあります。1つ目は、地域に同じような機能を持つ社会福祉協議会等が運営しているボランティアセンターなどが存在するので、混乱を避けたいということ。

 2つ目には、社会福祉法人や「支える会」の母体が生活クラブ生協であったということをメモリアル的に残して、3つの生活クラブで地域の福祉力を高めていくという政策を表現したいためです。

 3つ目には、生活クラブ生協や社会福祉法人に対しては地域の信頼があるということで、頭に「生活クラブ」という名前を付けました。

 目的ですが、社会福祉法人生活クラブの各事業所のボランティアをコーディネートしていくということと、地域にあるさまざまな支援活動団体がつながり合って地域の福祉力を高めていきたいということを掲げています。

 活動内容です。これはここまでの「支える会」の活動内容とそう大きく変わるものではありません。社福各事業所のボランティアコーディネート、地域のさまざまな支援活動に関するボランティアのコーディネート、交流会やボランティア講座なども企画・開催していきたいと考えています。

 地域への広報活動、会員への情報提供というところでは、会報を2カ月に1度発行し、地域へはホームページを立ち上げて、そこで新鮮な情報をやりとりしていきたいと考えています。

 財政支援ですが、今までは会費収入の4分の3を寄付していました。規模が大きくなるし体制を厚くしていきたいということから、今までのように4分の3とはいかないと思いますが、年度年度で寄付ができるように予算を立てていきたいと考えています。

 社会福祉法人生活クラブ各事業所の地域交流スペースの運営も検討していきたいと考えています。現在は「風の村」に、先ほど紹介した喫茶・売店「アルルカン」がありますが、社福の各事業所にはデイサービスとかいろいろな拠点がありますので、その場でもそういう地域の人との交流スペースができないかと考えています。

 組織図です。組織は本部機能と地域機能に分けて運用していきます。地域は県内を6つに分け、それぞれに拠点を置いて、事務局兼務のボランティアコーディネーターを常駐させ、社福の事業所や地域の支援活動へボランティアをつないでいきます。

 また地域の運営には運営委員会を設置して、全体方針を踏まえた地域活動計画を立て、それを運営委員会で管理・運営していくようにします。

 本部は「風の村」のなかに、ボランティアコーディネート部、喫茶部、情報企画部、事務局を置いて、本部運営委員会が全体方針の実行と管理・運営を行なっていきます。会員は個人と団体会員を置きます。

 運営会員、一般会員の選択肢を用意します。コーディネートの機能だけを利用する人にはボランティア登録をしていきます。運営委員会は個人運営会員と団体運営会員で構成しますが、生協と社福は運営団体として参加する予定です。

 県内全体での連携イメージです。社福は4つのブロックに分けて事業運営を行なっていきます。生協は6つのブロックに分けて現在活動しています。VAICの地域エリアは生協のブロックエリアと重ねていきます。

 まずは、毎月の地域運営委員会を三者で構成して活動していきますが、積極的に行政や社会福祉協議会、地域のNPO団体などとも交流会を持ち、地域の福祉資源の調査活動等を行なっていきたいと思っています。

 現在、先ほど言いましたように、三者がそれぞれの組織で議論を深めながら合意形成を図っているところです。設立後は3つの生活クラブが地域に誕生することになります。これまでより一層連携を深めて、三者の共通の願いである、誰もが支え合い、安心・安全に暮らせる街づくりを目指して活動が始まります。

 そのなかで、VAICとしてどんなことができるのか、ボランティア活動ではどんなことができるのか、ボランティアが果たせる役割とは何なのか、今後の活動を通して考えていきたいと思っています。

 この活動からどんな成果が生まれてくるか、今からわくわくドキドキしています。またいつかこうして皆さんに成果をご報告できるチャンスがあればいいなと思っています。どうもありがとうございました(拍手)。

司会 ありがとうございました。

 次は埼玉から、福祉担当理事であり、連合共済事業委員長でもあります金内さんのほうから、デイホームを含めた活動報告をお願いいたします。

4.埼玉県

「デイホームわ〜くわっくの近況と居宅介護支援・訪問介護事業について」
生活クラブ埼玉 福祉担当理事・連合共済事業委員長
 金内志保美

金内 こんにちは。生活クラブ埼玉の金内と申します。

 きょうは生活クラブ埼玉の「デイホームわ〜くわっく」での事業と、新規事業として立ち上げた訪問介護と居宅支援の事業についてご報告いたします。

 生活クラブの「デイホームわ〜くわっく」は1995年8月、所沢センターに開所しました。スタート当初は、必要な人が必要なときに、制約なくいろいろ利用できる施設ということ、そして自らが介護を受ける側に立ったときに受けたいケアを目指した地域の拠点として立ち上げました。年齢や健康状態、障害のあるなしにかかわらず、制限を一切設けず、誰でも利用できる地域の拠点としているところが特徴となっています。

 その後1996年10月に草加センターに「デイホームわ〜くわっく草加」を立ち上げ、2002年7月、狭山生活館に「デイホームわ〜くわっく狭山」を開所しました。

 経費的には持ち出しする形で事業運営を続けていましたが、2000年の介護保険制度施行により利用者がサービスを選択する制度となったのを受け、事業面の見直しと、2000〜2004年度の中期計画に盛り込まれた福祉政策の具体化として、この制度を事業に活用することを2000年の総代会で決定しました。

 2001年8月、「デイホームわ〜くわっく」は単独通所介護事業所指定を受けました。生活クラブが事業主体となり、組合員と地域住民の交流を含めた福祉拠点として、介護保険事業へ移行することになったのです。

 施設の内容ですが、利用定員は、所沢と草加が15名、狭山が25名と小規模です。現在の利用登録は、所沢41名、草加35名、狭山が47名です。平均利用者数は、所沢、草加が1日12名、狭山は13〜14名となっています。

 運営的には利用定員の約3倍程度の登録者を予定していますので、132 名が目標ですが、現在は狭山での利用がちょっと少ないため、利用登録者の合計は123 名となっています。

 利用者の介護度は、要介護度2までが全体の82%強を占めています。介護度は事業スタート時より若干重くなりつつあります。新規利用者は所沢、草加で増加しています。定員いっぱいの曜日も増えてきましたので、定員の拡充も予定しています。

 事業高の総額は、2003年度で7,302 万円となっています。

  次に新規事業ですが、現在、デイホームの利用時間は10時から4時、最大で6時間です。介護保険制度が目指す自立支援に関して、この時間帯でどこまで支えることができるのかと考えました。自立した日常生活を営むには、サービスを受ける時間帯に制限があるということはできるだけ解消する必要があります。

 そのため、利用者宅を訪問してサービスを提供する、あるいは利用者に必要なプランが作成できるよう、2004年2月に「デイホームわ〜くわっく草加」内に「居宅介護支援事業」と「訪問介護事業」を立ち上げました。その結果、午前8時から午後6時までのサービス提供が可能になりました。

 「居宅支援事業」は、常勤1名、非常勤1名の専門員で構成されています。ケアプラン作成は35名から40名を目安にしていますが、現在2日に1人のペースで利用申込みがあります。ケアプラン作成は11件、新規訪問調査も6件という現状です。

 「訪問介護事業」では、常勤サービス提供者が3名、登録介護員が9名の体制となっています。現在利用者1名ですが、毎日、朝夕2回の利用という状況です。

 ケアプラン作成にあたっては、介護支援専門員の力量が問われると同時に、地域行政との連携、ネットワークづくりが不可欠です。草加では、草加市との連携で「いきいき元気サロン」ということで、介護保険外のサービス提供、居場所提供を昼食を挟んで行なっています。利用時間は3時間です。月4回、上限10名まで送迎付きで事業受託しています。現在約3名の利用があるようです。

 埼玉の第3次中期計画では「不安のない地域づくり」を目指しています。地域に必要な福祉機能を具体化するために福祉グループをつくり、人材育成のため、訪問看護員の2級養成講座、ボランティア講座を実施しています。家事援助、ミニデイ、配食、送迎、託児などの福祉グループづくりが望まれるところですが、ここについては2002年度からスタートした新しいエッコロ制度の活動助成のなかで生み出すこととしています。

 身近なところでの組合員同士の助け合いについては、2001年にエッコロ共済制度の大幅見直しを行いました。1年間のエッコロマネーの実験導入後、2002年度より新たに、助け合いに必要な気持ち、地域のつながりを大切にする道具として「たすけあい地域通貨エッコロマネー」を導入したところです。ただ、ブロック単位にコーディネーターを配置して、制度の利用促進と助け合いのリスト充実を図っていますが、なかなか思うようにいっていないのが状況です。

 パワーポイントに出ているのは、コーディネートの流れです。「おねがいする人」が「たすける人」とどう連携をとるかというところでは、本来は組合員同士の助け合いですから、組合員がリストを見て直接電話なりでコンタクトをとる形ですが、電話番号を公開したくないという方もいますので、コーディネーターを介してつながっていくという形もあり、そこにコーディネーターが介在しています。

 つまり本部事務局をいったん経由しますが、事務局からコーディネーターに、それから「たすける人」につないでいって、結果的に「たすける人」が助けられる人に直接電話をしていくという形になっていきます。

 組合員が持っている豊かな能力、知識、経験を生かす場としてリスト化し、必要とあればコーディネーターを介してつながっていくという仕組みですが、年度末にエッコロマネーを回収して確認したところ、2002年度の集計では、生活クラブの各地区で約475 件のエッコロマネーが流通しており、そのうち24.6%に当たる117 件が本部コーディネーター経由でした。

 主な助け合いの内容は、送迎が最も多く、次いで趣味に関するもの、そして品物の授受、貸し借り、託児となっています。制度そのものの理解が不十分であったり、リストが充実していなかったりで、組合員自身が助け合いの仕組みを支えてつくり上げていくというふうにはまだ至っていないのが実情です。

 そのなかで、自分の能力を生かして人とつながることで評価を得るという実感を持つ人も出てきました。出会いの機会とお互い様の輪を広げる制度として、課題は整理しつつ広げていきたいと思っています。

  エッコロ制度のもう一つの仕組み、「エッコロ基金助成金」では、組合員の地域での福祉グループづくりに生かせるよう、またすでに団体や個人で福祉活動を行っている方の経済的支援を目的として助成を行なっています。

 これからも生活クラブ施設を拠点としてデイホーム事業、居宅介護支援、訪問介護事業を地域で進めていくわけですが、それだけでは地域全体の不安を解消することはできませんので、エッコロ基金助成を使って、家事援助であるとか、託児であるとか、配食といったサービスのグループを地域のなかに生み出し、その地域にあるほかの団体と連携を図りながら、安心して暮らせる地域づくりを目指しているのが埼玉の現状です。

 簡単ですが、以上ご報告させていただきます(拍手)。

司会 ありがとうございました。

 次に神奈川のほうからお願いします。「地域福祉市民計画とコア北鎌倉」という題で、渡辺さん、よろしくお願いいたします。

5.神奈川県

「地域福祉市民計画とコア北鎌倉」
福祉クラブ生協理事渡辺久美子

渡辺 皆さん、こんにちは。福祉クラブ生協で理事をしております渡辺です。まず福祉クラブ生協について、その歴史から振り返ってみたいと思います。

 福祉クラブ生協の前身である生活クラブ生協神奈川で、高齢社会にどう自分たちは対応していきたいかという問題意識から、1989年4月に1,020 名で神奈川県横浜市港北区においてスタートしました。今年で15年になります。

 鎌倉市では1991年3月に推進協議会を発足させ、306 名の拡大を踏まえてその年の11月に配達が始まりました。12年を経た現在は2,070 名と、鎌倉市のなかでは3%集団となりました。

 福祉クラブ生協づくりは、地域に消費材を配達する「世話焼きワーカーズ」と、お互いのたすけあいを担う「家事介護ワーカーズ」を生み出すというところからスタートしています。

 高齢化率の高い鎌倉市は11月に306 名でスタートし、半年後の3月には600 名になりました。福祉を政策に掲げた生協が鎌倉にできる、と新聞に取り上げられたことも拡大が進んだ一つの理由だったと思います。

 ですから職員は大変でした。毎日コースが違うという状況で、間に誰かが入っていますから、毎日てんてこ舞いの状況で、ワーカーズも含めて配達が難しいこともありました。

 当初は買い物のお手伝いをする「世話焼き」しかありませんでしたが、加入した組合員のなかから「たすけあいもあるんじゃありませんか。それはいつできるんですか」という声が出て、急いで「家事介護」のほうも1992年に準備会を立ち上げ活動を始めました。この1年間で900 名に達するという状況で、これには鎌倉市の高い高齢化率があったと思います。

 「世話焼きワーカーズ」というのは、まず地域に配達のポイントをつくります。その人たちの周りに組合員をつくってご近所の組合員に配達するという形ですから、ポイントのメンバーはその組合員の相談相手になることになります。また「家事介護」はお宅に伺って活動しますから、悩み事の相談相手にもなっていくということで、地域における組合員のたすけあいの仕組みとしては安心なものがあるわけです。

 こういった組合員とのかかわりによって、私たちは次々に福祉ニーズを発見することになりました。家事介護を行うなかで、食事づくりもしてほしいという要望が多いことがわかりました。しかし、家事介護のほうも手が足りないし、食事サービスを別出しでつくっていくほうが、より有効に私たちの活動を進めていけるということで、鎌倉では93年に「食事サービス」も立ち上げました。

 このように、ニーズに応じて次々にワーカーズコレクティブをつくっていきました。今では食事サービスに加えて、移動困難者という言い方もしますが、行動範囲を広げたい方たちのための、介助を含めた「移動サービス」も行っています。先ほど北海道の方の報告にもありましたが、「デイいしだ」の石田さんの土地を借りて、「デイサービス」もつくり出しました。

 「ライフサポート」という(介護生活用品と私たちはあえて呼んでいますが)、福祉用具を扱うお店もつくり、そこにかかわる人たちをライフサポート・ワーカーズコレクティブと呼んでいます。

 2000年になって、家事介護は「訪問介護」に、デイサービスは「通所介護」というふうに介護保険に対応してまいりました。そのなかで生まれてきたのがケアマネジャーですが、2003年度には「居宅介護支援事業」のワーカーズコレクティブを生み出しました。もう一つ「生活支援」のワーカーズがあって、施設に入る人の日常生活の支援を行なっています。

 このように福祉クラブ生協では、1つのテーマに対しては1つのワーカーズコレクティブをつくるという方針で事業と運動を進めています。

 今後、進めていきたいことととしては「安心訪問サービス」があります。今、地域にポイントとして置かれている世話焼きワーカーズを中心に、家事介護やほかのワーカーズに参加している人たちが加わる形で、地域のなかでの相談ポイント、安心訪問サービスというものを手がけていきたいと考えています。

 これらのワーカーズコレクティブが、それぞれで活動しているだけでは連帯感が生まれませんので、福祉クラブ生協では1,000 名になったところで、毎年ワーカーズコレクティブが集まり、自分たちの地域をどうしていきたいか、地域協議会のなかで話し合いを持っています。

 もう一つ、神奈川には福祉事業連合がありますので、ここに「コミュニティオプティマム福祉マネジメントユニット」というものを形成しています。鎌倉には7つの福祉クラブ生協のワーカーズコレクティブがありますが、それに生活クラブ生協から生み出されたワーカーズが3団体か4団体加わって、鎌倉市のコミュニティオプティマム福祉マネジメントユニットを形成しています。

 福祉クラブ生協には高齢者を対象とするワーカーズが多いのですが、ほかに、たすけあいグループ、リサイクルをしているところ、保育をしているところがあり、それらが集まって、そこに存在するさまざまな課題を自分たちのものとしてどう進めていくかということを話し合いながら進めています。今、定期的に活動を点検していますが、総合力の発揮として、年に1回フォーラムを開催して活動を広く報告しているところです。

 他の地域もそうだと思いますが、鎌倉市では今、地域福祉計画が進められています。鎌倉で一番早くたすけあいを始めたワーカーズコレクティブは15年以上の歴史がありますが、地域活動にはワーカーズの働きが欠かせないのではないかという認識もあり、計画のなかでもこのようなユニットの役割の重要性が認められ、研究されるようになりました。

 ワーカーズは毎年「総会議案書」をつくります。私たちもこの3月末に自分たちの活動を総括して次年度に向けての議案をつくるわけですが、これをやっていくことで地域の福祉を豊かにするのだと自信を持って進めているところです。国や行政の地域福祉計画に対し、常に「地域福祉市民計画」をもって活動を進めているのがワーカーズコレクティブではないかなと自負しています。

 福祉クラブ生協鎌倉がこのように活動を進めてきて、高齢者の住まい「コア北鎌倉」の建設に至る経過をお話します。私たちは在宅生活を支援するためにいろいろなサービスを生み出してきましたが、これだけでは足りないということをそれぞれのワーカーズが認識したことがあります。

 「コア北鎌倉」は2003年11月の開所ですが、その2年ぐらい前、公的介護保険制度が始まって2000年をバタバタと終えた頃から、「デイいしだ」の活動や訪問介護の活動を通して、私たちは在宅生活を支援する仕組みがあれば済むと思っていたけれど、そうではないということに気がついたわけです。多くの高齢者と出会うなかで、その状況の変化、高齢者はどんどん変化していきます。特に悩みが多いのがアルツハイマーとか老人性痴呆と呼ばれている方たちのケアです。そうした方の24時間ケアが、在宅介護者の大きな負担になっている現実を目の当たりにしたのです。

  例えば私たちのケアで、徘徊する高齢者の後をそっとついていってください、というものもありました。また掃除や洗濯をしている最中に、ふっと振り返ると利用者がいない、どうしたんだと捜しに走り回らなければならないことも現実に経験しています。

 幸いこのときは大事には至りませんでしたが、不幸な例もあります。ケア中ではなかったのですが、高齢者の世帯で、奥様が夕飯の片づけをしていたほんのわずかな時間にいなくなった。お手洗いにでも行ったのかなと思っていたのですが、どこにもいない。地域の皆さんに声をかけて、それこそ生活クラブを長くやっていらした方なので、1人に声をかけると、あっという間に集まってくれた大勢で捜し回ったのですが、134 号線といって海辺に沿って車が通る道を海のほうから上がってきたところで、車と衝突して亡くなられていました。そういうケースもありました。

  私自身、アルツハイマーの方のケア中に134 号線を渡ったことがあります。その方が若くて元気に生活していたころには134 号線はなかったので、自分のうちからすぐに海辺に行けたのです。自分が前々から通っていたところに後から道路ができたわけですから、その方にとってみれば、自分には渡る権利があるのでしょう。どうしても家があるほうのカーブを渡ろうとするのです。どんなに引っ張っても腕をボーンと放り投げられて、私も怖いと思いながらその人の後をついて渡ったことがありました。このように痴呆症やアルツハイマーの方の介護は家族の方にとっては本当に大変なことです。

 そういうことから、やはり高齢者の入居施設は必要だねということになり、鎌倉市のなかでプロジェクトを設置して2年ほど考えてきました。グループホームやらいろいろ考えたのですが、誰もが入居できる施設がいいということで、結局、高齢者住宅有料老人ホームという形になりました。

 最初は土地を買うのはだめだと言われていたのですが、2年ほどで福祉クラブ生協も少し力をつけて、最終的には土地を買って建物を建設できることになりました。

 「コア北鎌倉」という名前ですので北鎌倉に近いと言いたいのですが、北鎌倉と大船駅の半分ぐらいのところにあります。私たちとしては、高齢者の方にここを「終の住処」と考えていただきたいと思っていますが、医療との連携がまだありませんので、これからの課題は、医療とどう連携していくかということだと思っています。

 ここのもう一つの特徴はコミュニティスペースです。今までの報告にもありましたが、地域との交流場所としてコミュニティスペースを設置しました。今はまだ昼食だけの軽食、あるいは喫茶を用意するぐらいですが、ここで地域の人々と入居者が交流するようにしたいと思っています。10坪足らずの小さな場所ですが、ここをどう有効に使っていくかがこれからの大きな課題だと思っています。

 入居者はこれまで住み慣れた地域、住み慣れた家で暮らしてこられたわけですが、ここを最後の場所とするときに、施設の中で孤立して生活するのではなく、この地域の住民として暮らし続けていただきたいと思っていますので、地域の方々がここに集うことで大きな役割を担ってもらえるのではないかと考えています。

 構想としてはこれからで、夢は広がる、というところですが、ご近所の高齢者の方にここに来ていただいて、囲碁をするとか将棋をするとか、その方たちの経験や特技を生かして、入居者と共に生活を豊かにしてもらえればと思っています。

 また高齢者といっても、元気なうちは何か役に立つ人でありたいだろうと思いますので、ここでそれを発揮していただきたいと思っています。そのことを私たちは「うェるびィーサロン準備会」という形で生み出していこうと考えています。

 もう一つ、ここは今までにできた7つのワーカーズコレクティブの事務所にもなっているので、そこで、すでにやってきたことですが、今後、市民の福祉相談窓口として機能する活動を進めていきたいと考えています。

 事業主体は福祉クラブ生協法人ですが、サービスの運営は、ワーカーズコレクティブが自らのこととして受けとめて行なっていきたいと考えています。地域福祉を豊かにする運動性ある道具として、連携し継続することで、さらに援助を必要とする人々と、またそれを支えていこうとする人たちが存在する地域の発展に、福祉クラブ生協は寄与したいと考えています。以上です(拍手)。

司会 ありがとうございました。

 それでは最後の報告になります。東京から、生活者ネットワーク都議会議員でもあり、東京・生活クラブ運動グループ福祉協議会運営委員の山口さんから、介護保険制度検証のための基礎調査から見えてきたことについてお話をお願いいたします。

6.東京都

「『介護保険制度検証のための基礎調査』から見えてきたこと」
東京・生活クラブ運動グループ福祉協議会運営委員
生活者ネットワーク代理人山口文江

山口 こんにちは。ご紹介いただきました山口文江です。どうぞよろしくお願いいたします。

 最初に、私どもの報告のレジュメは14ページになりますが、資料が1枚落ちています。アンケート調査のテーマについては別紙を参照していただきたいと思います。また「東京・生活クラブ運動グループ福祉協議会」という大変長い名称になっておりますが、細かいことについては15ページに概要が載せてありますので、これも後ほどごらんいただければと思います。

 生活クラブ東京では、本当に必要な社会機能は自分たちで地域のなかにつくり出し、独立した事業体として運営していこうということで活動を進めています。

 今までのご報告にもあったように、高齢社会に向けて私たちの生活にさまざまな必要性が出てきたときに、1992年だったと思いますが、東京にも「アビリティークラブたすけあい(ACT)」ができ、そして「社会福祉法人・悠遊」という新しい機能が生み出されました。

 そのときに、これからは活動の実践によっていろいろなことが見えてくるだろうから、そういった問題を東京全体で共有して、それぞれの地域が活動を広げ、自分たちの地域に必要な機能をつくることで、より豊かな福祉活動を繰り広げようということで始まった運動です。

  そのなかで、介護保険制度が2000年にスタートすることになったわけですが、「悠遊」も「ACT」も組合員の利用者だけではありませんので、データをとるには非常に有効であろうということで、制度が開始する半年前、1999年に第1回の調査を行いました。

 調査の目的は、レジュメにあるように、まず「利用者の立場からきちんと検証する」、「介護の社会化が進んだかどうかを見ていく」、さらには「制度改正に向けた提案に生かす」で、この3つの目的を持って調査を進めようということになりました。

 対象者は、都内在住で、これまでに何らかのサービスを利用したことのある人たちを対象に、男女500 名を予定しました。期間は1999年から2003年までの5年間、合計10回に分けて定点調査を行なうという方法で、最後の10回目が間もなく始まるところです。

 方法としては聞き取り調査。これは対面調査で、同じ人が継続して調査を行なうという方法をとりました。調査員は、スタート時は427 人でしたが、1人の対象者に2人体制で臨みますから、1調査で1回1,000 円、2 人なので500 円くらいずつ報酬を出していると思います。またアンケートに応じてくださった方にも気持ちばかりのお礼をしています。お互いをつなぐかけ橋になるという意味で、お箸のプレゼントとか、本当にささやかなものですが、毎回工夫しています。

 調査のテーマについては、時間もありませんので、別紙をごらんになっていただきたいと思います。

 では、これから「基礎調査から見てきたこと」ということで、パワーポイントを使って説明をさせていただきます。

 最初に「調査対象者の推移」です。スタート時は在宅が715 人、施設43人と、予定の500 人を大幅に上回っています。ところが2回目は、ごらんのように在宅でも538 人と、かなり数字が減っています。

 私もきのう調べてわかったのですが、わずか半年ちょっとの間に33人の方が亡くなられていました。また調査が不能になった方というか、そう簡単なアンケート調査ではありませんので、もう調査には応じられないという方もかなり出てきたと見ています。

 第1回目のときはまだ介護保険が始まっておりませんし、2回目はちょうどスタートしたときで、認定であるとか手続きについてのアンケート調査でしたから、実際には3回目から、アンケートに応じてくださる方の状況、要介護度、そして自立かどうかというところが見えてくるわけですが、ごらんのように、在宅が82.2%と圧倒的多数を占めています。また介護度も、要支援と要介護1、2の方が半数以上を占めていました。

 今回パワーポイントをつくるにあたっては、3回目、5回目、7回目の調査をピックアップしました。調査を行うごとに報告書を出していますし、アンケート調査の前にはきちんと調査員の学習会を開いていますが、10回全体をトータルした分析はまだ行なわれておりません。ただ、要介護度が徐々に進んできている状況は見えています。5回目の在宅状況ですが、66.5%とありますが、先ほど計算したら82.6%でした。訂正させていただきます。次をお願いします。

 「対象者の年齢構成」です。ごらんのように75歳以上の方が72%強、なかでも後期高齢者といわれる方たちがほとんどを占めており、超高齢化社会に突入したことがわかります。次、お願いいたします。

 「在宅対象者の要介護度」です。先ほどお話ししたように、要介護度1、2の方がかなりの数いらっしゃいます。このあたりの方の利用が増えています。つまり40%近い方たちが、要介護度1、2ということになります。

 次に「家族状況の推移」です。65歳以下の方との同居、つまり家族と同居されている方が53%。徐々に減っている状況が見えますが、半分以上の方は、高齢者あるいは配偶者のみの高齢者世帯あるいは単身者で、高齢者世帯が大変多いという現実が如実に現れています。大都市東京の一つの大きな特徴とも思われます。

  「対象者の年収」ですが、100 万円未満は割と少なく、100 〜200 万円の数字が5回と7回のところでも約30%、200 〜400 万円が20%強ということで、年金で生活している方が大変多いということがわかるかと思います。

  「必要と思うサービスがあるか」という質問に対しては、50%強、つまり半分近い方が、何とか必要と思うサービスはあると答えています。ただ、あまりないと答えている方が20%いるということでは、どういうサービスが今後求められるのか、私たちはどういうサービスをつくり出していけばいいのか、というところで一つの課題になるかと思います。次、お願いします。

 「家族介護の負担」です。介護の社会化が図られたかどうかが調査の大きな目的だったわけですが、変わらないという方が、第5回では35.5%、7回では42.7%ということで、あまり変わらないという方たちが多くなっています。ただ、軽減したという方が35〜37%いますから、増えたという方もいらっしゃいますが、介護度が上がった方は増えたということになるのでしょうし、全体としては社会化が図られつつある状況だろうと思います。

 それから「生活時間様式にのっとったケアアセスメント」というのを2回ほど利用しました。これはケアマネジメントのスキルアップのためのアセスメントというもので、今も都立大学にいらっしゃるでしょうか、小林先生という方が開発された方法ですが、それを調査に利用させてもらった結果、介護度が高いからといって、家族に負担感が重くのしかかるものではないということがわかりました。

 むしろ、介護度が低い方という言い方はおかしいですが、そんなに重い介護ではないけれども、家族にとっては非常に負担感があるということが、このケアアセスメントから見えてきました。また、介護されている人は当然ですが、介護をしている人たちも、いろいろなサービスを使っても、十分に社会活動ができないということも明らかになりました。

 「サービスの充足度」ですが、6割近い方はほぼ満足しているようです。ただ、介護保険制度そのものが家族との同居を前提にしています。制度がスタートしたときに厚労省も、半分から6割は家族同居者があることを見込んだ介護を社会化の第一歩とすると言っていましたし、これくらいでほぼ満足される方が多いのかなと思います。ただ、独居で介護度がどんどん進んだときの充足度はどうかというと、疑問の生じるところです。

 「サービス利用料金の推移」です。これは介護度によって上限額が決まっているわけですが、要支援の方は93.2%と、利用限度額のかなりの部分を使っていることが明らかになっています。限度額が6万円と少ないですから使っていかなければならない状況もあるかと思いますが、2回目の調査あたりでは52%とか53%、重い方でも57%ぐらいしか使っていなかったのが、7回目になると、介護度2の方で64.7%と少しずつ利用が増えてきています。

 一方、介護度5になるとそれほど増えていないのは、限度額そのものが大きくなるので、そのへんのところで利用が控えられていることもあるのかもしれませんが、在宅で重い方は当然家族と同居されているので、家族介護が当てにされていることがうかがえます。

 最後になりますが、自立されている方がごく少数いらっしゃいましたので、その方たちの日常生活の自立度について調査しました。家事がだいたい一人でできるというのがどの程度なのかわかりませんが、歩行のところで16.7%の方が「だいたい一人でできる」と答えています。

 「だいたい一人でできる」ということは、何かしら支障を来す面もあるということで、家事や買い物の援助は今後もますます必要になってくると思います。自立しているといっても、こういう状況なのだということがここでわかると思います。

 以上、「基礎調査から見えてきたこと」ということでお話ししてきました。私どもはこれを調査の3つ目の目的である「提案」につなげていきたいと思っています。

 実際に、介護保険が始まってすぐの2000年4月に早々と要望を出しています。私どもには「ACT」とか「悠遊」を実践している仲間たちがおり、スタート時からさまざまな課題が見えていましたので、直接こういったことを提案しました。2002年の4月にも改善提案を出しています。

 昨年も、ちょうど3年目で料金等の改正があるということで、2003年4月に介護保険制度改正に向けた大きな提案をしました。

 「在宅介護の充実に向けて」というところでは、ケアマネジャーやヘルパーの質の向上、そのためのケアカンファレンスなどが地域で開かれる仕組みづくり、またリハビリとか送迎の充実を訴えました。

 「入所施設での生活の充実に向けて」というところでは、なかにはほとんど外出させていないという特養もあるので、特養の生活をより豊かにすること。それから今は痴呆性高齢者グループホームでは在宅サービスが受けられません。介護が重くなると施設を出なければならない状況がありますので、東京都にはこのサービスの利用ができるよう、国にぜひ提案をしてくださいと要望しています。

 また今は老健施設がほとんど特養に行く中間施設になっていますので、老健施設としての役割をきちんと機能させることを提案しました。

 また各自治体への取り組みの改善という点で、ケアマネジャーの独立を提案しました。 今は訪問介護とか訪問看護とか、サービス事業者に併設されています。ということは、ケアマネジャーはセールスマン的な立場になってしまうのではないか、行政は独立したケアマネジャーの事業所ができるよう支援すべきではないかという提案です。

 あと介護者に対する相談機能、在宅介護の研修を自治体で実施すること、そして当然ですが、介護予防策の仕組みをきちんとつくり、さまざまなサービスをつくることを自治体に提案しています。

 NPO支援ですが、個人の寄付とか団体の寄付に対する税金の控除を実現してほしいということ、寄付や会費を資金としてプールすることを認めてほしいということを、国に向けて提案しています。

 保険料徴収と利用料の1割負担については、5年目に向けての大きな法改正のなかで、利用料金を3割にしたほうがいいのではないかという声もあるなか、1割負担を堅持するよう提案しています。

 福祉サービス第三者評価についても提案しています。これは国でも行なっていますが、東京都は国に先駆けて特に利用者への調査も行なっています。ただ、やはり経営面の評価というか、事業者サイドに立った評価項目にかたよりがちなので、実際に利用者の選択に資するものとなる評価手法にするよう、そしてサービス事業者は積極的に第三者評価を受けることを行政が支援するよう提案しています。

 以上のような介護保険制度へのいろいろな提案を行なってきました。

 今後ですが、2005年の介護保険制度改正に向けて6月には国のほうの改革会から大まかな叩き台が出ると思います。このあいだ新聞にも一部報道されていましたが、9月には厚労省の素案が出るのではないかというなかで、私たちも5年の改正に向けて提案をしていきたいと思っています。

 さらにこういった基礎調査から、利用する本人はもちろん、ご家族の方たちもこういった仕組みを理解していないという実情が明らかになりました。市民が気軽に相談できる機能が地域には必要だということで、協議会のなかにさらに「地域福祉のサポート・ザ・サポート」という機能を立ち上げ、そこで相談機能の仕組みをつくる事業を進めています。

 もう一つ、先ほど出た福祉サービス第三者評価を、特に在宅サービスに向けて検討するという新たな活動も進んでいます。これからもこういったことの連携を進めながら地域福祉の充実に努めたいと考えています。

 また、この調査には300 人近い方たちが協力してくださいました。アンケートにお答えくださった方は、当初からすると半分以下に減っていますが、これらの方々はアンケートを通じて自分の意見や疑問を訴える場があったわけで、せっかくできたこのコミュニケーションをどのように活用していくかが今後の課題になると思っています(拍手)。

司会  ありがとうございました。地域ごとに特色ある活動の報告が聞けたと思います。あまり時間はありませんが、それぞれの報告について、ご質問、ご感想、ご意見がありましたらお受けしたいと思います。報告者の方も何かありましたら、どうぞ。

Q&A

今野(米沢) すみません、先ほど助け合いの会員と福祉委員会の会員というお話をしましたが、その方たちは2月にグループホームが立ち上がった段階で「支える会」のほうに移行しています。グループホームも「たくろう所」のように、管理体制ではなく、個人個人に合わせた豊かな生活が送れるように見守っていきたいということで「支える会」に移行したということをお話しできませんでしたので、付け加えておきたいと思います。

司会 ありがとうございました。ほかにありませんか。はい、どうぞ。お名前と所属をお願いします。

参加者(網屋) 網屋と申します。神奈川のワーカーズコレクティブ連合会に所属しております。地域でもワーカーズをやっていますが、千葉の「風の村」の方に伺います。ボランティア体験ツアーというのがあるということですが、その内容を説明していただけますか。

佐々部 生活クラブ生協や「支える会」の会員を中心に、20名程度で「風の村」に来ていただいて、今は清掃ボランティアが中心ですが、1時間だけまず清掃ボランティア活動をしていただきます。

 なぜボランティア体験ツアーをつくったかというと、苦肉の策というか、「風の村」の名前が全国区になりまして見学者が非常に増えたんですね。行政の方とか施設関係の方が大勢見えます。

 そうすると、組合員がなかなか見学できないということがあって、ではボランティアを体験しながら、個室にずかずか入り込むことはしませんが、ユニットをお掃除しながら個室の様子を垣間見てもらえればいいかなと。そもそもそういうきっかけでボランティア体験ツアーをつくったんです。

 20名で、1時間はお掃除のボランティア、残りの1時間は、厚生労働省が「風の村」をモデルにつくった特養のビデオがありますので、20分程度それを見てもらって、その後に施設長が近況報告をして質問を受ける。その後に「支える会」の活動をお話しさせていただきながら、「支える会」の会員にもなっていただこうということでやっています。

参加者(網屋)  組合員の方に呼びかけるということは、一般組合員の方が多いのでしょうか。それとそういったことがボランティアにつながるのかどうかというあたりを、もう少しお聞かせいただけると嬉しいのですが。

佐々部 「風の村」がオープンして丸4年になりますが、オープン当初は組合のリーダーの方が多かったように記憶していますが、ここ2年くらいは、本当にリーダー層の人より一般組合員の参加が増えています。

 それも家庭で介護しながら特養を探しているとか、自分もいずれ行く道だから、どういうところか経験してみたかったということで、若い方より40〜50代の方が多いように思います。

 先ほど報告のなかでも言いましたが、ほとんどの人が「風の村」で今後も活動したいとおっしゃっているのですが、いかんせん交通の便の悪いところにありますので、活動したいけれど遠くて残念だわ、とおっしゃって帰るんですね。

 そういう意味では、これから同じような理念を持つ社福の事業所が各地域にできていきますので、身近なところで、「風の村」と同じ理念を持つ施設にボランティアで入ってもらえる可能性は高いかなと。人はいるんだなとつくづく感じています。

 具体的な話になると時間が膨らんでしまいますのでできませんが、今までは施設ボランティアのコーディネートだけをしていたのですが、在宅のボランティア活動というのもつくっていきたいと考えています。

司会 どうもありがとうございました。では、もうお一方。

参加者(猪口) 米沢生協の猪口です。

 先ほど米沢生協代表幹事の今野さんから「支える会」とグループホームの説明をさせていただきましたが、私たちは「風の村」で職員の研修とか、施設見学とか、いろいろ勉強させていただいて、ユニットケアのすばらしさを感じてグループホームの建設に至ったわけです。

 ただ、実際に開所してみますと、確かに生協のグループホームということで、前評判もよく申込者はたくさんいるのですが、入居者たちのとのかかわりが出てきます。

 そういうなかで、「支える会」でこれからボランティアをコーディネートしていこうというとき、職員の年代と「支える会」の年代に格差があって、そういう面で一つの悩みになっております。佐々部さんのほうから一言お願いできればと思うのですが。

佐々部 そこは同じように私たちも悩んでいます。年代の違いがどうのこうのではなく、本当にボランティアって何だろうなと思います。

 生活クラブ千葉でも、これまで有償の活動は組合活動のなかでやってきましたが、喫茶店なんかを営業していると、そこもボランティアで運営しているのですが、有償のボランティア活動で、万一のことがあったときの社会的責任のとり方はどうなんだろうと非常に不安になります。

 そういうなかで、今回この構想を考えるときには、私たちが考えるボランティアは無償ボランティアだと。そのなかでボランティアとしてのルールとかマナーがあると思いますので、そういうことを一つずつ活動しながら考えていきたいと思っています。

 ただ、やはり受け入れ側と、コーディネートする側、ボランティア活動をする側の三者がきちんと連携をとっていかないと豊かな活動にはならないだろうし、支援される側にとって満足いくものにはならないのかなと思っていて、本当に今悩んでいる最中です。一緒に考えさせてください。

司会 ありがとうございました。報告者の皆様、ありがとうございました(拍手)。

 一つ訂正があります。資料「生活クラブグループの福祉事業交流会」の目次のところで、特別養護老人ホームの「養護」が「用語」となっています。変換ミスですので書き換えておいてください。 午後の部は1時50分から始めたいと思います。時間厳守でいきたいので、5分前には会場にお戻りください。午前中はこれで終わりにしたいと思います。どうもお疲れさまでした。


◆第二部:パネルディスカッション
市民事業は地域福祉政策づくりの推進力を持てるのか?


司会 ただいまから午後の部を始めます。午後のシンポジウムでは、交流会もそうでしたが、「市民事業は地域福祉政策づくりの推進力を持てるのか?─介護保険制度の改訂に向けて─」というテーマでお話しいただきます。来年の改訂に向けて皆さんの参考になればと思います。

 パネラーの方、およびコーディネーターの方をご紹介させていただきます。こちらから、コーディネーターをしていただきます日本経済新聞社・編集委員の浅川澄一さん(拍手)、特別養護老人ホーム・ラポール藤沢の施設長でいらっしゃる小川泰子さん(拍手)、NPO法人市民シンクタンクひと・まち社代表理事の池田敦子さん(拍手)、そして生活クラブ千葉の理事長、および社会福祉法人生活クラブ理事長の池田徹さんです(拍手)。どうぞよろしくお願いします。
 では、ここからの進行は浅川さんにお願いしたいと思います。

浅川 今から大体2時間10分くらい時間をお借りしまして、3人のパネラーの皆さん、私も加わらせていただければ4人で話をしたいと思います。

 前半と後半と分けます。前半は今の介護保険制度のサービスについて問題点を3つに絞って議論します。「ケアマネジャーの役割」「劣悪なショートステイ環境」、そして「医療行為についての介護保険制度のなかでの取組み方法」、この3つに絞って現行制度の問題点を話し合います。

 3分の1ほどの時間を使って以上の話をしたあとで、これからの介護保険制度で最も問題とすべき介護付き集合住宅について話し合います。在宅ケアの限界が指摘され、その次に出てきたいわば住宅としてのケア、つまり介護付き集合住宅、有料老人ホームとかケアハウス、グループホームと現在いろいろな形態がありますが、この問題はたぶんこれからの介護保険制度、あるいは日本の高齢者ケアの全体を見るうえで欠かせないだろうと思います。

 では、最初に「現行制度の問題点」について3人の方からお話を伺いたいと思います。小川さんは生活クラブ生協の神奈川を母体とする特別養護老人ホームの施設長をされているなかで現行の介護保険制度の問題点についてどうお考えですか。私は3つ挙げましたが、その3つについて、あるいはどれか一つに絞っても構いません、お話を伺いたいと思います。

小川 私は今、社会保障審議会介護保険部会の委員をしています。これを受けるときに私がこの委員会のなかで頑張って論点としてつくっていきたいと思ったことが3つありました。

 1つは「権利の問題」です。介護保険では、「措置から契約になりました。対等の立場です。選べます」と言われているけれども、現場にいると、供給量が伴わないなかでそのことは難しい。

 また、日本の福祉は措置から始まっていますので、「お世話になる」という意識が、本人にも家族にも地域にもすごく強い。また働いている側、福祉職からも「お世話してあげる」という意識がなくなっていかない。

 そういうなかで、利用者本位の権利をつくるのは非常に難しいことだなと感じながら、このことを何とか制度改正のなかに入れていきたい、いろいろな角度で権利擁護は入れていきたいと思いました。

 2つ目は「住宅政策」です。施設か在宅かという二極ではもう無理だろうと。特養にいても、特養に訪看やヘルパーが入ってきて、入居者がサービスを選べるようになればいいなと常々思っています。

 職員にも「入居者が選べるようになったら、あなたのサービスが選ばれるかどうかわからないよ。緊張感が大事だよね」という話をときどきしているのですが、それも含めて、施設をたくさんつくるとか、ホームヘルプサービス等で在宅サービスを豊富化していくだけではとても間に合わない。既存の住まいも含めて、新しい住まいのあり方も含めて住宅政策を、厚労省だけでなく、国土交通省、総務庁含めて考えなければいけないのではないかなと思っています。

 3つ目は「福祉の労働条件」です。この間、特養にいても在宅を見ていても、福祉の従事者に関して、その労働の実態を深く分析されたデータはないと思います。福祉労働のことを表立って表現する人は少なくて、「一生懸命やっています。やり甲斐があります」という言葉ばかりだったので、そこに踏み込んでいきたい。

 ではこの3つの論点に何で踏み込むか。それはケアマネジメントでいきたいと思いました。というのは、介護保険のキーはケアマネジャーが握っていると思ったからです。それでケアマネジャーの労働実態を調査しようと、神奈川県の介護支援専門員にアンケート調査を行いました。

 東京都も同じような調査を行っていて、この2つの調査でほぼ同じ結果が出ましたので、そのことを含めて、キーパーソンであるケアマネジャーの自立からこの制度の改正をやっていきたいと考えました。

 要望の論点としては、うちのケアマネもそうですが、1人で50件、60件、70件と持っていて、それでも独立できないという状況から、1人40件ぐらいで自立できるようにしたいということが一つです。全国調査では30件でしたが、首都圏では、東京と神奈川では40件です。

 それから居宅の1カ月当たりの単位を1,500 単位、いわゆる1万5,000円 以上にしてもらいたいということ。このことでケアマネジャーの事業者としての独立を図りたいということです。

 もう一つは、ケアマネジャーの質の問題です。自社のサービスばかり使わせるとんでもないケアマネもいて、自費負担が50万という利用者を生んでいる現状があります。それも含めて、事業所の管理者はなるべくケアマネジャーの資格を持ち、そのスキルを保つようにすることが必要であろうと思います。

 それから「サービス調整会議」についてです。サービス調整会議がなかなか開かれていません。利用者の声、家族の声を反映させる、あるいは医療と対等にケアマネジャー、あるいは在宅サービス提供者が意見を言える場所がない。ケアマネジャーはそういう場を積極的に持たなければならないのですが、忙しいのも含めて、その力量を持てていないのが現状です。

 神奈川のアンケートを受けてそういう実態について提言書を出しました。東京都の調査も同じような結果でしたので、東京都も同じような提言書を出しています。

 ケアマネジャーがそういう形で自立し、そして本当に利用者の立場に立ったケアマネジメントをする専門家になっていくことが非常に重要というか、急ぎ求められていることだと思っています。

 医療行為についてはまた別のところで話しますが、次にショートステイについてです。介護保険部会で、ショートなんかもう要らないと言った委員がいます。「おれの村ではショートなんか要らないんだ」と。グループホームもいっぱいある。質の悪いグループホームがたくさん出てくるから財源が苦しくなるんだ、ということを発言する委員がわりと多いのです。

 私は、ショートステイがいいとか悪いではなく、それならどういう形で私たちは地域に住み暮らすのかという議論がないまま、特養をはじめとする3施設をたくさんつくっていくことほうが問題だろうと思っています。そんな