さあ、セカンドライフ(5)
人手不足に悩む農家のため畑へ
野菜栽培し心に「収穫」
「そっちの大根、もうとれるんじゃない」
「これはうまそうだ」---。隅々まで日がいっぱいに差し込む傾斜地の畑で、農作業をする人々の声が飛び交う。
腰を入れ、凍りかけた土から丸々と育った大根を引き抜く。ホウレシソウの大きさをそろえ、出荷のための袋詰めも。軍手を外したその手には、すっかり土のにおいがしみ込んでいる。
「すがすがしい空気の中で体を動かすのは最高」。町田市の奥脇信久さん(69)を、心地よい疲労感が包み込む。
高齢化や後継ぎ不足に悩む都内の農家と、農業体験を希望している市民を結び、住宅地近くの農地で農家の手助けをして農作業を行うNPO法人「たがやす」(町田市旭町)。会員の大半は時間と体力を持て余す退職後の男性だ。奥脇さんは理事長を務めている。
仕事一筋で、野菜を自分で買うことなどほとんどなかった人、数十年ぶりで土をいじったという人も多い。そんな人たちが、今では手助けをしている農家が出荷した野菜をテバートの売り場まで見に行くほどになっている。
「収穫の人手が足りない」という契約農家の深刻な悩みを知った生活クラブ生活協同組合の組合員が、農作業の手伝いをしたのが活動の始まり。活動は口コミで広がり2002年11月にNPO法人が発足。10人に満たなかった会員は約80人に、会員農家は12軒になった。
農家から、農作業日程と必要な人数などを記入した一か月分の要請書が提出され、事務局が会員と連絡を取って参加者を調整する。草取り、野菜の袋詰め、苗の植え付け、収穫…。作業内容は様々だ。参加した会員には、農家から1時間当たり500円の謝礼金が渡される。新鮮な野菜のおすそ分けも楽しみだ。有償だけに、会員には「多少体調が悪くても行かなくては」と責任感が生まれ、農家側も「お客様扱いしなくてすむ」という。
昨年6月には、市の委託で市民農業研修園もオープンさせた。「最初はぼう然とした」ほどの荒れ地。除草剤は一切使わず、農家から農具などを借り、1年かけて整地した。公募で集まった15人が、この30アールの農園で地元農家らからサトイモやネギなどの裁培を学んでいる。
奥脇さんは小学生で終戦を迎え、山梨県の山間部で「常に腹ぺこ」の食料不足時代を経験した。「生活に直結する農業関係の仕事に就きたい」と東京農工大に進学し、肥料について学んだ。卒業後、愛知県の養蚕試験場で8年間働いたが、教諭不足だとして再三の依頼を受けていた母校の高校で教員となった。
教員を65歳で退職した2001年夏、奥脇さんの胸に、再び「畑をやりたい」との思いがわき上がった。妻の絵梨さんから手渡された生協のチラシには「ナスの収穫手伝ってみませんか」の文字。「これだ」。
すぐに連絡を取り、農家の支援活動に参加した。相手は60歳代の夫婦2人で耕作を続けている市北部の農家。週3回、約3か月間の収穫作業を手伝った。収穫量は天候に大きく左右され、多い日で約70キロ、少ない日で約20キロ。「生きものを相手にしている」という農業の醍醐味を実感。「このすがすがしい緑地空間を残していきたい」とも思った。
「健康のため」「生きた知識を家庭菜園で生かしたいから」。さらには「自分の街の新鮮な地場野菜を食べたい」。入会の動機はそれぞれだが、都市農業の楽しさとつらさを経験していくうちに、会員の思いは一つのキャッチフレーズに凝縮されてい<。
「まちを、みどりを、こころを、たがやそう」
(山岸肇)
【メモ】都内の農地は、都面積の4%に当たる8300ヘクタール(2004年)で、うち多摩地区が約75%を占めている。5年前と比べて約800ヘクタール減少しており、農家数の1万4000戸(2004年)と、5年前比で約2000戸減少。
一方、2004年度末で、農業体験農園の参加者は約2000人、援農ボランティアの登録は約1300人
と、農業に携わりたい人は増加する傾向にあり、都市農業の担い手として、シニアパワーが注目されている。